
こんにちは、院長の藤井です。
お子さんに苦手なことがあると、つい、「周りの同じ年齢の子と同じくらいできるようになってほしい」「集団生活で困らないように、練習させなきゃ」と、頑張らせてしまうことがありますよね。
もちろん、「できるようになってほしい」と願うことは、決して悪いことではありません。
ただ、目標の設定が高すぎると、子ども自身が「いくらやってもできない」と自信を失ってしまったり、教える側の親御さんや先生も「どうしてできないんだろう」と疲れてしまったりすることがあります。
では、その子にとって「ちょうどよい目標」とは、どのくらいなのでしょうか。
今回は、子どもへの適切な支援や目標を考えるときに役立つ、心理学の考え方である「発達の最近接領域(Zone of Proximal Development:ZPD)」について、先日、診察室であった出来事を交えてお話しします。
診察室で起きた、小さな「できた!」
ある日の診察室に、「靴紐を自分で結べるようになりたい」という中学生のお子さんが来られました。
小学生まではマジックテープやスリッポンタイプの靴を履いていたそうです。
ところが、身体が成長するにつれて足に合うスリッポンタイプの靴が見つかりにくくなり、紐靴を履く必要が出てきたとのことでした。
その日も紐靴を履いていたので、
「じゃあ、一緒にやってみようか!」
と、診察室で靴紐を結ぶ練習を始めました。
1回目:まずは、一人でやってみる
まず、いつも通りに一人で挑戦してもらいました。
様子を見ていると、指の位置が少しずつずれて紐がほどけてしまうこと、そして「どこに紐を通せばいいのか」という視覚的な位置関係を捉えることが難しいことが分かりました。
2回目:サポート①
「指の位置がずれないように、2本の紐をしっかりまとめてみよう」
と伝えて、もう一度挑戦してみました。
3回目:サポート②
「紐を通す場所が、もっと見えやすくなるにはどうしたらいいかな?」
と、一緒に考えてみました。
4回目:もう一度、一人で
いくつかの工夫をしたうえで、今度は私が見守る中で、一人で挑戦してもらいました。すると、あと一息のところまでできるようになりました。
5回目:できた!
そして、もう一度挑戦。
なんと、自分の力で、きれいに靴紐を結ぶことができたのです。
診察室にいた親御さんも一緒に、「できた!」と、思わず拍手。
本人のうれしそうな表情が、とても印象に残りました。
「発達の最近接領域」とは?
この出来事を通して、私は改めて「発達の最近接領域」という言葉を思い出しました。
発達の最近接領域(ZPD)は、心理学者のレフ・ヴィゴツキーが提唱した考え方です。
簡単にいうと、
「今、一人でできること」と、「適切な援助があればできること」の間にある領域
を指します。
たとえば、
- 一人でできる
- 誰かのちょっとした手助けがあればできる
- 今は、手助けがあってもまだ難しい
という違いがあると考えてみると、イメージしやすいかもしれません。
大切なのは、「できる・できない」の二択で考えないことです。
「一人ではできないけれど、どんな支援があればできるのだろう?」
という視点を持つことで、その子の可能性が見えてくることがあります。
先ほどの中学生のお子さんにとって、靴紐を結ぶことは、最初は「一人ではできないこと」に見えました。
しかし、実際には、
「指の位置を意識する」
「紐を通す場所を見えやすくする」
という、ちょっとした工夫を加えることで、自分の力でできるところまで近づくことができました。
つまり、「できない」のではなく、「今のやり方では難しかった」のです。
目標設定で大切なこと
学校で合理的配慮を考えるときや、言語療法(ST)・作業療法(OT)などの療育で目標を設定するときにも、この視点はとても大切です。
「この子に、何ができるようになってほしいか」だけではなく、
「今のこの子なら、どんな支援があればできるのか」
を考えてみるのです。
たとえば、課題が「適切な支援があればできる」段階にあるのであれば、
・どんな声かけがあればできる?
・視覚的な手がかりがあればできる?
・道具を変えたらできる?
・手順を分けたらできる?
・一緒にやることでできる?
など、その子に合った「足場」を探していきます。
そして、その支援によって「できた」という経験を積み重ねながら、少しずつ支援を減らしていくこともできます。
一方で、どのような支援をしても今はまだ難しい課題もあります。
その場合には、無理に練習を繰り返すことが、その子にとって最善とは限りません。
本人の発達の土台が育つのを待つことや、別の方法を選ぶことも大切です。
たとえば靴紐であれば、スリッポンやマジックテープの靴を選ぶ、靴紐を結ばなくてもよい工夫をするなど、「できるようにする」以外の方法で困りごとを減らすことも立派な支援です。
「頑張らせる」より、「届く高さ」を考える
子どもにできないことがあると、「もう少し練習すればできるはず」 「頑張らせなきゃ」と思ってしまうことがあります。
でも、本当に必要なのは、ただ頑張らせることではないのかもしれません。
大切なのは、「今のこの子にとって、どんな支援があれば届く高さの目標なのか?」を考えることです。
少しの工夫や支援によって「できた!」に届くのであれば、その支援を使ってみる。
まだ今は難しいのであれば、無理にそこへ引き上げようとせず、別の方法を考える。
そして、できた経験を積み重ねながら、少しずつ「一人でできること」を増やしていく。
それが、子どもの「できた!」という笑顔や、「自分にもできるかもしれない」という自信につながっていくのだと思います。
お子さんの目標を考えるとき、
「この目標は高すぎないかな?」
「どんな支援があれば、この子はできるんだろう?」
と一度立ち止まって考えてみる。
そんな視点を、ぜひ持っていただけたらと思います。
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