皆さんは「限局性学習症(がくしゅうしょうがい)」という言葉をご存じでしょうか。毎年10月は「ディスレクシア(読み書き障害)月間」とされ、世界中で学習障害についての理解を広げる取り組みが行われています。
先日放送されたドラマ「愛のがっこう」では、主人公が読み書きに大きな困難を抱えて、学校でも家庭でも居場所を見つけられずに苦しんでいた様子が描かれていました。必死に努力しても勉強が追いつかない―その姿に胸が詰まった方も多いのではないでしょうか。
私も発達外来を担当する医師として、似たような思いをしているお子さんやご家族と日々出会います。今日は、「限局性学習症」とは何か、そして私たち大人ができることについてお伝えしたいと思います。
限局性学習症とは?
限局性学習症(SLD)は、「読む」「書く」「計算する」といった特定の学習分野にだけ強い困難がある状態をいいます。
「知能が低いから」「勉強をさぼっているから」ではありません。知的な力や理解力は十分にあるのに、ある部分だけがどうしても難しい。そんな状態を「限局性」と呼んでいます。
たとえば、文章を読むのにすごく時間がかかる子、書きたい言葉を頭では分かっていても文字にできない子、計算だけが極端に苦手な子…。こうした困難の背景には、脳の情報の処理の仕方に特性があることが分かってきています。
読み書き障害の背景にはどんな理由があるの?
読み書きが苦手になる理由は、一つではありません。いくつかの要素が重なり合って現れると考えられています。
- 脳の機能的な特性
文字と音を結びつけるのが苦手だったり、文字の形を見分けるのに時間がかかったりすることがあります。MRI研究などで、典型発達とLDのある人では脳活動のパターンに違いがあることが報告されています。 - 遺伝的な要素
ご家族の中に似た経験を持つ方がいることもあります。特定の遺伝子多型と関係があることも示唆されていますが、単一の遺伝子ではなく複数の遺伝要因が関わると考えられます。 - 神経発達上の要因
妊娠・出産時のトラブル(低出生体重、未熟児、周産期の低酸素など)が影響する場合があります。脳の発達過程でのわずかな遅れやバランスの偏りが学習に反映されることもあります。 - 環境との相互作用
環境要因(家庭や学校での学習経験の質など)は直接的な原因ではないとされていますが、学習障害の現れ方を強めたり弱めたりする可能性はあります。
つまり、「怠けている」「努力が足りない」からではなく、生まれ持った特性と環境の影響が組み合わさって現れるものなのです。
医療でできること、できないこと
保護者の方からよく「病院で治るんですか?」と質問されます。
残念ながら、読み書き障害を「治す薬」はありません。医療ができるのは、心理検査や発達検査を通して「どんなところでつまずきがあるのか」を整理し、お子さんの特性を明らかにすること。そして、その結果をもとに学校やご家庭が支援の工夫をしやすくなるよう助言することです。
医療でできることはほんの一部ですが、それがきっかけで周囲の理解が深まり、お子さんの安心感につながることがあります。
学校・家庭・医療の連携が大切です
学習に困難を抱えるお子さんを支えるには、学校・家庭・医療がそれぞれの立場で連携することが欠かせません。
- 学校でできること
読み上げソフトやタブレットの活用、漢字を分けて覚える方法など、一人ひとりに合わせた工夫が有効です。 - 家庭でできること
「やる気がないんじゃない」「あなたの努力が足りないんじゃない」と決して責めないこと。できたことを認め、自信を育てることがとても大切です。 - 医療でできること
困りごとの背景を整理し、学校や家庭に具体的なアドバイスをお伝えする役割を担います。受験の際に必要な合理的配慮の診断書を作成することもあります。
子どもは「できない」と言われ続けると、自分に価値がないと感じてしまいます。逆に、「あなたにはこんな得意なところがあるね」「工夫すればできる方法もあるんだね」と支えられたとき、大きな力を発揮します。
おわりに
限局性学習症は、外からは見えにくい「見えない特性」です。そのために「努力不足」と誤解され、子どもが一番つらい思いをしてしまうことも少なくありません。
10月のディスレクシア月間をきっかけに、多くの方に学習障害への理解が広がり、子どもたちが「居場所がない」と感じることなく、自分らしく学んでいける社会になることを心から願っています。
もし「うちの子もそうかも」と感じたら、一人で抱え込まず、医療や学校に相談してください。私たち医療スタッフも、学校やご家庭と一緒に、お子さんが安心して学べる道を探していきます。